文明開化と鉄道錦絵〜明治の空気感を今に伝える文化遺産〜文明開化と鉄道錦絵

あなたは鉄道錦絵をご存知ですか?鉄道錦絵は、明治初期から中期にかけて、日本で流通していた木版画の色鮮やかな錦絵です。

浮世絵は肉筆画と木版画に分けられますが、中でも木版画の多色刷りの浮世絵のことを錦絵と呼びます。錦絵は、18世紀半ばに技法が確立されました。江戸時代は歌舞伎の役者絵、美人画、風景画などを主な題材としましたが、明治期になると文明開化の様子を描く、ジャーナリズム的要素を持つ錦絵が多く出版されるようになります。

文明開化を描いた錦絵のことを特に開化絵と呼びますが、なかでも当時開業したばかりの鉄道を描いた錦絵は、鉄道錦絵と呼ばれています。今回は、そんな鉄道錦絵の世界を追いかけてみましょう!

鉄道錦絵の歴史

江戸時代に多く発行された浮世絵ですが、実はその内容には厳しい検閲がありました。幕府を批判する内容が出版できないのはもちろん、同時代の出来事や事件を題材にすることも禁じられていました。しかし明治期になると規制がゆるみ、錦絵はジャーナリズムの要素も持つようになります。

鉄道が新橋(汐留)―横浜間(桜木町)で開通したのは1872(明治5)年の新暦10月14日ですが、同年には三代目歌川広重による「東京汐留鉄道御開業祭礼図」という作品が刊行されました。開業の式典の様子が、鮮やかな色彩で伝えられています。当時徒歩で8時間かかっていた距離を、新しく出来た鉄道はたったの53分で結びましたから、この出来事がいかに当時の人々の関心を引いていたかが分かります。ちなみにこの開通の日は、現在鉄道記念日に指定されています。

この黎明期の鉄道は、当時陸蒸気(おかじょうき)と呼ばれていました。蒸気船ではなく、陸上を走る蒸気機関という意味でしょう。しかし、実際には新橋―横浜間のルート約29kmのうち2.7kmは、海上に築かれた築堤の上を走っていました。当時の軍部である兵部省が、高輪周辺の東海道沿いの用地を提供するのを拒んだためです。

鉄道建設には不運な出来事でしたが、このことは、図らずも当時の日本の土木技術の水準の高さを世に知らすこととなりました。築堤はイギリス人技師の指導のもとで行われましたが、その技術には、城の石垣を築く伝統の技術が採用されたからです。高輪築堤は、海側は布積みという技法で、陸地側は谷積みという手法で組まれています。

日本の職人が築いた築堤の上を、イギリスから輸入した蒸気機関車が走るという、東西の技術の融合によって開通した新橋―横浜間の鉄道は、まさに文明開化の象徴でした。海上の築堤を走る姿は当時の人々にとって憧れの的であり、多くの鉄道錦絵として残されています。

特に第8橋梁(新橋から数えて8つ目の橋)を描いた、三代目歌川広重の「東京品川海辺蒸気車鉄道之真景」が有名です。この錦絵では、海上の築堤を走る蒸気機関車と、手前を行く人力車や馬車の対比がとても美しく描かれています。

第8橋梁の下には出漁する漁師の小舟も描かれており、当時の庶民の情景を現代に伝えてくれています。新橋―横浜間の築堤の区間には、地元漁民の要望で第5〜第8まで4つの橋梁が作られました。最近高輪ゲートウェイ駅の開発に伴う発掘作業で発掘されたのは、このうちの第7橋梁です。三代目広重の描いた場所とは違いますが、その構造はほぼ同じで、実際に発掘された橋梁を取材した記者は、広重の描写の正確さに驚いたそうです。

大正時代に入ると、東京湾は埋め立てられ、高輪築堤も壊されたと思われていましたが、100年以上を経た2019(令和1)年11月、高輪ゲートウェイ駅新設工事の一環で行われた線路切り替え工事の際に、第7橋梁が発見されました。

その後解体工事が進んでいましたが、2022(令和4)年1月に、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が高輪築堤の保存を求める文書をJR東日本に提出しました。明治の激動の時代に、先人が苦労して築き上げた築堤が、国際機関からもその価値を認められたということは、とても喜ばしいことです。多くの鉄道錦絵の題材となり、愛された高輪築堤が、一般の人々の目に触れる形で、大切に保存されることを願って止みません。

鉄道錦絵の魅力

鉄道錦絵に多い構図として、鉄道開業の式典の様子を描いたものがあります。有名な鉄道錦絵に、三代目歌川広重の「東京上野鉄道開業式諸民拝見之図」があります。1884(明治17)年の日本鉄道の上野―高崎間の開業式を描いたものですが、よく見ると上野にしては、背景の山が高すぎることに気付きます。上野の山は、山というよりは丘ですが、この絵の背景の山は、峰や谷の様子が遠目に描かれていて、立派な山に見えます。写実に優れた三代目歌川広重が、なぜこのようなミスを犯したのでしょうか?

実は、この「東京上野鉄道開業式諸民拝見之図」は、1877(明治10)年に三代目広重自身が描いた、「西京神戸之間鉄道開業式諸民拝見之図」の版を流用しています。実際には上野の開業式は仮駅舎で開かれており、この絵のように馬上の武官が並ぶという光景はありませんでした。ですから、この絵はあくまで鉄道の開業を伝えることを目的に刊行された、フィクションの作品なのです。

鉄道の開業は、このように当時の人々の関心を多く集めたイベントでした。明らかに想像で描かれたと思しき鉄道錦絵も残っているくらいです。鉄道は、それほど当時の庶民から引き合いの多い題材だったのでしょう。

錦絵は、題材や企画を考える「版元」、イラストを担当する「絵師」、木を彫る「彫師」、作品を刷り上げる「刷師」、がそれぞれ分業して制作していましたから、一から作り上げる手間を省いたのもあったでしょう。

流行を逃さない版元の企画力、絵師の画力、髪の毛一筋一筋を精密に掘り上げる彫り師の熟練、何百枚も同じ調子でグラデーションを刷り上げる刷師の技術、これらが合わさって生み出される鉄道錦絵は、文明開化の時期、変わりゆく日本の姿を克明に写し続けました。

錦絵はもともと色鮮やかな多色刷りが特色でしたが、江戸末期には、それに加え安価な人工顔料も輸入されるようになります。ベロ藍の青、アニリンの赤、ムラコの紫を多用した毒々しいまでの華やかさが、明治時代の錦絵の特徴です。どぎつい原色に溢れていたので、明治初期の錦絵は別名赤絵ともいいます。

現在ではそのどぎつさからあまり人気がない明治初期の錦絵ですが、華やかな色合いは、文明開化に沸いた当時の人々の気持ちを、良く表していたのでしょう。1874(明治7)年には、錦絵を前面に押し出した「東京日々新聞」が刊行されました。

しかし、1890(明治27)年に堀健吉によって写真亜鉛版の製版法が実用化されると、発行までのスピードに劣る錦絵は徐々に衰退していきます。1894(明治27)年の日清戦争では戦争錦絵が人気を博しますが、1904(明治37)年の日露戦争の頃には、報道の役割は写真にとって変わられます。鉄道錦絵が発行されたのは、ほんの20年余りの短い期間だったのです。

蒐集の魅力

そんな鉄道錦絵は、博物館や資料館でなければ見られないのでしょうか?いいえ、実はオークションサイトや書店に流通しています。高価なものは、浮世絵を扱う専門の書店で20万円前後の値段が付けられていますが、安いものなら1000円台で購入できます。

手軽にたくさんの鉄道錦絵を見てみたい方は、書籍もおすすめです。鈴木重三編の「明治鉄道錦絵」(交通協力会)や、神戸市立博物館が発行した図録「明治鉄道錦絵 上川庄二郎コレクション」のような展覧会の図録に、まとまった鉄道錦絵が掲載されているので、興味がある方は、ぜひ中古市場を探してみてください。

実際に生で見てみたいという方は、物流博物館に収蔵されている、貴重な鉄道錦絵のコレクションを見に行くのはいかがでしょうか?都営浅草線の高輪台駅近くの物流博物館は、JR品川駅の高輪口からも徒歩7分の距離にありますが、多くの鉄道錦絵コレクションを有することで有名です。

新橋―横浜間の鉄道のルートは、現在の山手線などが走る線路とほぼ同じですから、当時から鉄道と縁が深い土地です。品川や高輪を散策して、当時の情景に思いを馳せるのも面白いかもしれません。

また、鉄道錦絵に描かれた150形機関車は、なんと実物が残っています。1871(明治4)年にイギリスから輸入されたこの1号機関車は、大宮の鉄道博物館に展示されています。新橋―横浜間の開業当初から使われ、明治末には一度九州の島原鉄道に譲渡されますが、昭和になって国鉄に返還されました。そして、鉄道車両として初めて、国の重要記念物に指定されました。現在もその勇姿を見せてくれます。

多くの鉄道錦絵のモチーフになった1号機関車のそばで鉄道錦絵を眺めれば、文明開化の時代にタイムスリップした心地になるかもしれません!

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